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かー君は、ボクのヒーローだ。


かー君は、ボクのヒーローだった。






かー君と初めて出会ったのは、いつだろう?


中学1年のクラスで一緒になったのが


最初の出会いなのだと思うが


ボクの記憶も40代に入ってから

だいぶ曖昧になっている。



だから、かー君との思い出も、そんなに


おぼえているわけでもない。




かー君はボクが所属していた陸上部の


キャプテンだった。



足が一番速いのもあったが、


かー君のぼくとつな人柄を先生が買って

キャプテンに指名したんじゃないかと思う。




かー君はとにかく足が速かった。


背が高かった。

かー君は、笑顔になれる人だった。



そして、誰よりも真面目に練習に取り組んでいた。



練習の成果が表れて


かー君は全国大会に出ることになった。



ボクたち陸上部に特別な許可がおりて


授業中に抜け出して視聴覚室で

かー君が走る姿をテレビの中継で

見たのだった。



かー君は全国7位で走ったので


走行レーンも端っこだったけど


間違いなく、全国ナンバーワンを決める

勝負に参加していた。



かー君と帰りが一緒になった時、


かー君のお父さんが係長になったと言っていた。


ボクの父も同じ会社、トヨタ自動車という

超一流企業なのだが、ボクの父は工場で

部品の梱包をする作業員だった。


ボクが、係長なんてすごいじゃん、と言うと

かー君は


「係長になったって、残業代がでなくなるから

 給料は減っちゃうんだよ。」


と言っていた。


課長や部長なら給料は多いけど

係長は給料が少ないと知った。


かー君は、試合前、カセットウォークマンで

曲を聴いて集中力を高めていた。


先生も、その方法は効果的だと言って、

ウォークマンの使用の許可がおりていた。



当時、流行っていた

爆風スランプというバンドの「ランナー」

を聴いていた。


他にも、ブルーハーツを聴いていたようだ。




かー君は、学校の部活の練習が終わったあとも

家に帰ってから、自分で練習していると言っていた。


ボクは部活の練習だけでも疲れ切ってしまって

自主練習なんてする余裕なんてなかった。



かー君は女子と話すのが苦手みたいだった。


多分、女子を意識してしまっていたのだろう。


でも、陸上部のエースのかー君は


女子にモテモテだったみたいだ。

本人は気づいてなかったかもだけど。




ボクは陸上部内でいじめられたことがあった。

そのころ、クラスの女の子といろいろあったので

そのことでいじめられたのだろうか?


かー君は

「なかよくやろうよ。いじめちゃだめだよ。」


と優しい言葉で部員をたしなめたのだが、

それでいじめは一切なくなった。


いつも、やさしくて、ほがらかな、

かー君の言ったことを

みんなが受け止めたのだった。




かー君とは別々の高校になって

ボクは柔道をはじめたので

かー君とは、もう会わなくなった。が、




かー君は、カズ君とならんで

誰よりも真面目でぼくとつなボクのヒーローだ。
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柔道の極意


タイチは中学生になった。






彼の笑顔は、相変わらず



力ないものたちには不快に映った。




タイチは、いじめられた経験から


自分が強くならなければ、と思い


中学校では柔道部に入った。




中学生くらいの年頃になると


不良と呼ばれる少年少女たちが


学校の校舎裏に、

たむろしたりするようになるが


タイチをいじめたコウスケも


そんなモノたちの仲間になっていた。



やはり、コウスケのココロは弱かった。




タイチが柔道部の練習の休憩中に


手洗い場で、水を飲もうと


校舎裏にむかうと、そこにはコウスケがいた。




柔道部の鍛えられたカラダのタイチは


まだ、背は低かったが、小学生のころのように


コウスケに力負けするようなことはないだろう。




コウスケがタバコを吹かすのを見たタイチは


「タバコ吸ってたら、背が伸びないよ。」


とコウスケに言った。



未成年者の喫煙をそれとなくいさめたのだ。




コウスケは注意されたのだったが


その言葉の選び方に少しの好意を感じ取った。



小学生の時にいじめたこの俺に


そんな声のかけ方をするのか。



コウスケは少し嬉しかったが、


それと同時に劣等感も感じるのだった。




柔道で自分を磨いているタイチの


面構えは、男のコウスケから見ても


それとわかるくらい精悍で男らしかった。





それにくらべてオレは……………。


コウスケはそれ以上考えるのをやめた。



彼は、深く考えないことで現実から逃げていた。




タバコは、それには最適な逃げ道だった。


喫煙者が欧米では、出世できないのは

そういうことがあるからである。




タイチは練習にもどった。



彼は柔道部のなかでは、それほど


強いわけでもなかった。



背の低くて体格もよくない彼は


その小柄な体で、相手を投げることが


なかなか出来なかったものの


そのバランス感覚の良さで


なかなか投げられてしまうこともなかった。





タイチの笑顔は、不心得者には


不快に映ったが、そうでないものには


その逆。………つまり魅力的に見えた。




彼にはひとり、ふたりと友人ができていた。


中学生時代の親友というものは、大抵

生涯の友となる。




ユウイチは勉強はできないし、スポーツも


からきしダメだったが、そのひょうきんな性格で

自分に価値を見いだしていた。



ユウイチは、タイチのことを尊敬していた。


小学時代、いじめに屈しなかったタイチを

尊敬していたのだ。



ユウイチはタイチのことを親友と思い、


タイチもユウイチのことが好きだった。



ユウイチとタイチは学校帰りに


いっしょに帰るのだった。なぜか




ユウイチは中学生の男子らしく


えっちなことに非常に興味があった。




「なあ、タイチぃぃー。


 女のアソコってどうなってるんだ?


 チンコないよなぁ?


 なんにもないのか?」



タイチはなぜかえっちなことに詳しかった。


ユウイチはタイチと

えっちな話をするのが楽しくてしかたなかった。



「女のあそこには

 マンコがついてるんじゃないのか?」



「マンコってなんだ?


 チンコとなにがちがうんだ?」



「マンコは赤ちゃんが出てくる穴だよ。


 そこにチンコを突っ込むと気持ちいいんだ。」




「なにぃぃぃ?それってもしかして


 セックスってやつかぁぁ?

 なあ、オレ、ミキちゃんとセックスがしてぇ。


 中学生でセックスするのって早いかなあ?」




タイチは常識もあった。



「多分、早いと思うよ。


 赤ちゃんができちゃったら困るよ。」



「そうかぁ。早いかぁ。でもしてぇ。してぇよ。」



「ボクもしたいよ。


 でも、相手がいないから一人でしてる。」



「え?ひとりでする?なんだそれ?」




「えっちなことをかんがえながら


 あそこを揉むと気持ちよくなるんだ。


 なんか硬くなってくるぞ。」



「ああ、チンコが硬くなることあるよな。


 あれって何で硬くなるんだ?」



「女のマンコにチンコを突っ込むのに


 硬くないとふにゃってなって入らないだろ。


 硬くなってると女も気持ちいいんだ。」



「そうなのかー。あぁぁぁ。


 ミキちゃんとキスしてぇー。チチ揉みてぇ!」


「ははは。ミキちゃんにコクれば?


 相手も好きだったらできるかもよ?」



タイチは常識があった。




そのころ、タイチに初めての射精があった。



彼は、そういうことも知っていたので


特に、悩まずに済んだ。



しかし、ユウイチは知らなかったようだ。




次の日。




「なあ。タイチ。


 チンコ揉んでたら、白い液が出たゾ。


 すごく気持ちよかったけど、オレ

 何かの病気かな?

 チンコから膿が出るなんて。」




「ああ、それは精子だよ。


 女性のマンコのなかに出すと


 赤ちゃんができるんだ。」



「なんだ。そうかぁぁ。


 えええ。じゃあ、オレ、子供がつくれるじゃん!


 オレ、大人になったのか?」



「うん。そうだね。おめでとう。」


タイチは常識があった。




「そうかぁぁ!!ありがとう。うへへへへ。」


ユウイチは満面の笑みを浮かべた。





そこへコウスケが通りかかった。



「へへへ。セックスしたことねえのか。お前ら。



 オレは先輩にオロシテもらったぜ。」



不良グループは、そういうことは

早く済ませる傾向にある。



「え、いいなぁ。俺もしてぇ!!」


ユウイチは素直だった。


それが彼のいいところであった。




「早けりゃいいってもんじゃないよ。多分。」


タイチは常識があった。





そんなタイチの言葉に


コウスケは悔しそうな顔をして去って行った。







すると、そちらからコウスケの叫び声がきこえた。


「ひぃぃぃぃーーー!!」




「なんだ?」

「どうした?」


タイチとユウイチはそちらに向かった。


するとコウスケがひとりの不良に

ナイフを振り回されていた。



タイチはとっさに飛び出した。


ナイフを持つ手をがっとつかんで投げ飛ばした。


柔道は組手を争うので

振り回されるナイフを持つ手もなんなくつかめた。




投げ飛ばされた不良はナイフを捨てて逃げて行った。



コウスケは気まずかったが、


彼は芯からのワルでもなかった。



「借りをつくっちまったな。ありがとよ。」


タイチは、すがすがしい顔をしていた。


ユウイチはきいた。


「なんだ、タイチ。嬉しそうな顔をして。」



タイチは答えた。



「わかった。わかったんだ!!」


「え、なにが?」




「投げ方だよ!!いま、開眼した!!


 ヒトサシ指じゃなくて、中指だったんだ!!」


「え、なんのことだ?


 マンコをいじる指か?」


ユウイチは常識がなかった。






それから間も無く、タイチは柔道で黒帯をとったのだった。









おしまい。








中学ではなく高校で柔道部でした。


ボクは開眼できないまま腰を傷めてしまい


白帯のままです。


”ひとさし指ではなく中指”


なんのことでしょうか。


気になる人は柔道部の人にきいてみよう!!


開眼した人ならわかるゾ!!



でも、ある意味、ユウイチの言うことも間違ってないかも?




みんな空の下


コウスケは、タイチのことが気に入らなかった。



タイチはからだも小さくて非力で


他の子どもたちにも、なめられていた。




からだも小さく、ちからでも勝てないタイチだったが


彼には、他の子たちにはない、何かがあった。




タイチはいつも笑顔を絶やさなかった。




タイチの笑顔を見ると、コウスケは


なぜだか劣等感を感じるのだった。




その笑顔がタイチの存在を際立たせ、


コウスケは、タイチにたいして


いらぬ嫉妬を感じる原因となっていた。






そこで、コウスケは他の子どもたちと結託して


タイチをいじめた。






タイチの靴を隠して、


困ったタイチが靴をさがして歩き回るのを


知らぬ顔をしてコウスケは


優越感にひたるのだった。




結局、靴は見つからず、タイチは上履き用の


シューズを土足で使い、それで帰った。




タイチの靴は、コウスケの手で


小学校のゴミ焼却炉の中に


投げ込まれて、そのまま燃やされてしまったのだった。





次の日、タイチは


新しく買ってもらった靴で登校したのだが


コウスケはそれが気に入らなかった。



靴が新しくなった理由は、彼がつくったのだが


それが、よけいに彼の虫の居所を


わるくしたのだった。




コウスケは今度は、タイチのカバンを隠した。



勉強用具が入っていたままのカバンを


隠されてしまったので、タイチは困った。



困ったタイチが担任の先生に、

カバンがなくなったことを告げると、


先生は、他の生徒に、タイチのカバンを知らないか?


ときいたが、誰も答えるものはいなかった。




担任の教諭は、嫌な予感がした。


カバンを隠した生徒がいるのではないか?



いじめっこたちは、先生の目の前で

タイチをいじめるようなことはしなかったが、


担任の教諭は、普段の様子から、

タイチがいじめられているのではないかと

うすうす感づいていたのだった。



だが、たしかな証拠もないので、


担任の先生はタイチの隣の女の子に

教科書をいっしょに見せてあげなさい、と

言っただけで、なくなったカバンのことは

それ以上はふれなかった。



タイチが隣の女の子と仲良く


教科書をいっしょに見ているのが


コウスケには、またもや気に入らなかった。



担任の先生は、タイチの父と母に手紙を書いた。



タイチのカバンがなくなったので、

しばらくは、かわりの手提げ袋で代用することを

許可するという内容だった。



タイチの母は、なんでカバンをなくしたのか?


とタイチに叱責したが


タイチは、自分は知らない。いつの間にか

なくなったんだ。と言うのだった。






タイチのカバンも、靴と同じく

コウスケの手で

焼却炉の中に放り込まれて


燃やされるところだったのだが


焼却炉を管理する公務員のおじさんが

異変に気づいて、カバンに名前が書いてあったため

タイチの担任の先生に届けられた。





カバンが焼却炉に投げ込まれていたことを


知らされた担任教諭は、

タイチがいじめにあっている。

それもかなり陰湿なたぐいのものだと、気づいた。



だが、誰がやったのか、

決定的な証拠がないままだったので

タイチにカバンを返したが

どこで見つかったかは教えなかった。




コウスケはカバンが無事に返ってきたのが


またまた、気に入らなかった。




焼きが回ったコウスケは、とうとう直接手を下した。


タイチの消しゴムを目の前で取り上げて奪ったのだ。



タイチは、返してよ。と訴えたが


コウスケは得意げにタイチの手が届かない頭上に


消しゴムを掲げて悦に入った。




タイチは、返してよ。返してよ。と


何度も訴えて、あきらめなかった。



そのうち始業のチャイムが鳴って先生が来た。



タイチが消しゴムを取られて困っているのを

見て、教諭は悟った。



カバンを隠したのはコウスケだ。



ずっとタイチをいじめていたのはコウスケだ。




担任の教諭はコウスケを叱責した。


「コウスケ!やめるんだ!!


 お前のしてることは最低だ!」



担任の先生が激怒してるのを見て


コウスケは思った。


俺のしてることは、いけないことだったんだ。




小学3年生のコウスケには、


いじめが最低な行為であることがわかっていなかった。



ただただ、本能の赴くままにタイチを

困らせようと行動していたのだった。




先生に延々と諭されてコウスケは思った。




先生はタイチの味方だ。


俺のしてたことは悪いことだったんだ。




先生は言った。


「コウスケ!タイチに謝れ!!」




コウスケは自分では、なぜだかわからないが


が出てきてとまらなかった。



「ごめんないさい。ごめんなさい。」




と、泣きながら謝るコウスケに、タイチは






「もう、いいよ。」


と、いつもの笑顔で答えた。



いつもは、虫図の走るはずの、その笑顔を見て



コウスケは、なぜだか、

救われたような気がしてならなかったのだった。





「みんなの頭上には等しくがある。


 どんな人の頭上にも等しくがある。」




担任の教諭はタイチとコウスケに、そう諭すのだった。











絢香

「みんなの下」





The Truth Of Lunatic LoVe 「真・竹取恋愛物語自叙伝」

よしよし、いまから



ボクのホンネのところを語ろうか。




君には、とても信じられない話だろうが

決して、ウソ、いつわりはないと誓おう。




かなり、くそ長い話になるから覚悟しておけよ。









「真・竹取恋愛物語自叙伝」      
”The Truth Of Lunatic LoVe”
                       
                                                                                                  作:いしかわ ゆきひろ
           




幼稚園のお泊り会。



おねしょの心配があったボクは

みんなが寝てから、トイレに行った。


実を言うとボクは小学校6年生まで

オネショをしていたのだ。


大きいほうは、大人になってからも

もらしたことがある。





ふと、窓の外を見ると

月が出ている。



満月だな。と思った。

幼稚園児のボクは、それ以上の感想は特になかった。






竹取の翁が見つけた光る竹。



そのなかから出てきたかぐや姫。




かぐや姫は、みるみる成長し、



美しい娘に成人した。





かぐや姫は、あまりの美しさに求婚してくる男性が殺到した。



なかでも熱心な5人の求婚者がいた。




かぐや姫は彼らに、それぞれ、



仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の裘、龍の首の珠、



燕の産んだ子安貝を持ってくるように言った。





5人の若者はみな失敗した。





かぐや姫の評判は、帝のもとにまでおよび、



帝がお忍びで、かぐや姫を訪ねた。





帝は、かぐや姫を美しく思い、連れていこうとしたが



かぐや姫は、光になり、連れていくことができない。




帝は、あきらめて京へもどった。




そのうち、かぐや姫は、月を見て泣くようになり、



翁がわけを訊くと、



自分は月の都の人であり、八月の十五夜に



月へ帰らねばならない。と言う。





帝は軍勢を引き連れて、月の民を追い返そうとしたが



まるで力がはいらず、矢も全て外れた。





かぐや姫は、帝に思いを残しつつも月へ帰っていった。






満月が見下ろす明りの下。




トイレで用をたしていたボクの、おしっこは

少し便器からはみ出してしまった。


大人でも急いでいると、はみ出す人が

いるくらいだから、幼稚園児のボクが

はみ出すのは普通のことだった。



幼稚園の先生は掃除がたいへんだ。



ボクは、トイレからもどると、

布団にもぐりこんだ。





次の日の朝。



オネショは大丈夫だった。


少し、ほっとした。


みんなで食べる、朝ご飯は

豆ご飯と味噌汁に納豆、玉子焼き。



隣の女の子が、玉子焼きを一切れくれた。


ボクはそのコの名前も

”ありがとう”という言葉も、そして恋も愛も

まだ、知らなかった。



幼稚園のころ、ボクはまだ、何も知らなかった。


でも、まわりはみんな、やさしかった。





満月はボクを見守ってくれてたのだろう。



やさしさと満月は、なんだか重なる。



そんな気がしていた、子供のころのボク。





大人になったボクに

いつか帰る場所があるなら、

それは月ではなくて………、どこなのだろう?




答えがみつかるのは、まだまだ先だ。






ある日。


小さな女の子と、その父親が訪ねてきた。



どこから来たのか、どういう知り合いなのか、

子供のボクには、わからなかった。



ボクのお父さんが言うには、”いいなづけ”なんだそうだ。

幼稚園児のボクには、いいなづけの意味がわからない。


ボクのお父さんは真面目な顔で冗談を言うから

それがホントかウソかわからなかった。



「仲良くせなアカンでぇ。」と関西訛りで言う。


お父さんは京都の出身だった。


このころはトヨタ自動車に勤めていたが、

昔は老舗の呉服店で働いていたそうだ。

そこは見切りをつけて正解だった。

そうじゃなきゃ、今のボクはいない。




その女の子と、女の子のお父さんとボクで

近所を散歩して歩いた。


すると、ある家のポストに花束が挿してあった。


母の日のカーネーションだった。


ボクはそこから一本、拝借して女の子にわたした。


拝借と言葉をにごしているが、それは窃盗とも言う。




女の子は反対側の家の岩垣を指差した。


そこに、小さなアマガエルがすわっていた。


ボクはアマガエルをつかまえて、

女の子の手のひらにのせてあげた。


女の子の手のひらからカエルはぴょんぴょんと

跳ねて、地面へ逃げる。



ボクはそれをつかまえて、もう一度、彼女の

手のひらにのせる。


また、カエルは手のひらから逃げていく。



三度目で気づいた。


「カエルいらないの?」




女の子は小さくうなずいた。




女の子のお父さんは、

「写真撮るから並びぃ。」

と、カメラを構えた。



二人で並んで写真を撮った。



昼間の白い上弦の月がボク達を見下ろしていた。




その女の子と、そのコの父親はそれきりで、

もう二度とウチへ訪ねては来なかった。




母に訊いても、知らないというばかりで


父が他界した今となっては、

本当に、いいなづけだったのかどうか、わからない。






小学校に入るとボクは背の順で、いつも前の方に並ばされた。


ようするに、小さかったのだ。



学校での一番の楽しみは、給食だった。


牛乳は嫌いだったが、給食は残さなかった。

小学校の6年間で一回だけ、唯一残したのが

伝説の、くそまずメニュー”枝豆クレープ”だった。

今、小学校の友達にきいても、

あれはマズかった。と口をそろえて皆が言う。




ある日の図画工作の授業で、を描くように、

という課題があった。


校庭に出て、サクラの樹もの中におさめた。


ボクの生涯のなかでも1,2をあらそう傑作ができた。

そのは、先生に提出したきり返ってこない。


実は、その年の最後に先生が、

「提出したを返してほしい人は申し出てください。

返してあげます。」

と、言っていたのを今、思い出したが、

当時のボクは先生の話を良くきいてなかったので

申し出なかった。

よくきいてなかったのに、なぜ、今、先生の言葉を

思い出したかは謎だが、

歳をとるとそういうことはまあまあ、ある。



もう一度、あのが見たい。と、今でも思う。



ボクが6年生になった時、

それまではみんな、バラバラに帰っていたのだが、

安全のためということで、近所に住んでいる子ども同士は

一緒に帰るということになった。


そこで一緒に帰るグループの中にいたのがMさんだった。



ボクとMさんはグループの中で最後尾を歩いていて、

自然と話をするようになった。

Mさんは近所に住んでいるみたいだったけど、

ボクは、その時、はじめてMさんを知った。



Mさんは背が小さくて、よくしゃべるコだった。


「ねね。アタシ大きくなったら手になるの。

「へー。じゃあ、ギターかピアノが弾けるといいね。」

「うん。それで、その後、女優もやってね。

そんで宇宙飛行士にもなって宇宙へ行くんだ。

あなたの夢はなに?」

「ボクの夢?うーん。

きれいな、お嫁さんをもらうことかな。」


かたむきかけた西日が少年と少女を照らしていた。




それから1週間ほどすぎたある日。



ボクはいつものように、Mさんとおしゃべりをしようと

帰り道の途中にとおった公園の中を歩きながら話しかけた


「あのね、悲しみはいつだって

愛情の近くに、ひそんでいじわるするよ。」

それは昨日、見たドラマのなかのセリフだった。



「……………………。」

いつもは饒舌なMさんが今日はなぜか黙っていた。


ボクは、なにかイヤなことでもあったんだと思い、

それ以上はあまり話しかけなかった。



Mさんの家の近くまで来た時、

Mさんが突然、走り出したので、ぼくは思わず

は見せないで!」

と叫んでしまった。


Mさんはをぬぐいながら手を振った。

ボクも手を振っていた。




Mさんは、何も言わなかったが、実は、

Mさんはその日を最後に、転校してしまったのだった。



Mさんといっしょにいた期間は1週間もなかった。

だから、ボクはMさんの

下の名前すらも知らなかった。




思えば、それがボクの

初恋のようなものだったのかもしれない。






やがて、サクラの季節を迎え、

ボクは中学生になった。



中学生になってからも、ボクは背の順では、

前から3番目以内に入っていた。



中学生になって、女の子を異性として意識するようになり、

えっちなマンガや雑誌に興味がわいた。


当時、週刊ヤングサンデーで連載されていた、

遊人のえっちな漫画「ANGEL」が好きで持っていた。

他にもえっちな雑誌を拾って来て見ていたりもした。


そういう雑誌を熟読していたので、

えっちなことに、やけに詳しかった。




その一方で、普段はクラスの女の子と普通に話したりしていた。

気になる女の子も何人かいた。


Mさんとは席がとなりどうしだった。

ここでのMさんは、小学生の時のMさんとは別人である。

たまたま、二人ともイニシャルがMだっただけである。


そのコとはよく、おしゃべりをした。


「石川君の好きな果物って何?」


「うーん。桃か、さくらんぼかな。」


「さくらんぼ?さくらんぼってどんなの?」


「知らないの?小さくて赤い実だよ。

よく、プリンとかパフェなんかの上にのっかってる

ふたつくっついてるやつ。」


「ふーん。ねえねえ。

石川君は大きくなったら何になるの?」

「うーん。わかんない。まだ決めてないよ。

Mさんは、何になるの?」

「わたし!? 私、バカだから

何もなれないよ。」

確かにMさんは成績があまり良くなかった。

「何か得意なこととか、好きなことないの?」

「音楽は好きだけど………。」

「じゃあさ、手になればいいじゃん!

みんなの前でって。」


「私のお母さんが手だよ。」


「え?何ていう手?」


「松任谷由実っていうんだけど、知ってる?」



「えええ。すごい有名な歌手じゃん。

 その人のラジオ、いつも聴いてるよ。」




そこで授業終了のチャイムが鳴った。



温厚な人のいい先生が珍しく怒った。


「石川とMは先生の話を全然きいていなかったので

罰ゲームじゃないけど、今日の授業後、残って、

後ろの掲示物の張替えをしてもらいます。」



ボクとMさんは、その日、居残って

みんなの習字作品を

教室の後ろに張り出す作業をした。







そんなある日、となりの席のMさんが、


「アタシ、あんたのこと好きなんだけど、あんたはどう?」

と言ってきた。


その時は、わからなかったが、ものすごく勇気のいる発言だ。


その時のボクは素直に、

「うーん。ボクも好きだと思うよ。」

と返事をした。


今、思えば、その時からボクたちは両思いが確定したのだった。


でも、恋愛のことなど、なにもわからなかったボクは、

そのコとも、まだ、友達気分のままだった。


そのコのことは本当に好きだったのだが

なぜか、えっちの対象としては考えられなかった。






ある日、彼女はボクと手をつなぎたいと言った。


ボクは恥ずかしくて、拒否した。


彼女はボクの手を無理矢理握って、離そうとしなかった。


すると、ボクの股間が熱くなってきてしまった。


そこでボクは、思わず、やめろ!と叫んでしまった。



その時、手を離した彼女の気持ちが、今ならわかる。

でも、当時のボクには、わからなかった。



そのことがあってから、2,3日して

彼女は、めげずに、もう一度、手をつなぎたいと言ってきた。



今度は、手をつないでボクのポケットに手をいれたいと言った。

ボクは、しぶしぶOKした。

ボクのポケットのなかで二人は手をつないでいた。

なんだか、やさしい気持ちがした。



彼女は、今度は私のポケットに手を入れて、と言ってきた。

女の子のスカートのポケットに手を入れるなんてことは、

恥ずかしくてできなかった。


それこそ、また股間がヒートしてしまう。


それでも、彼女はボクの手をとって、ポケットにもっていった。


ボクはまた拒否した。


彼女の望みは叶わなかった。


恋におくびょうなボクは、彼女を傷つけてしまうばかりだった。




そんなこともあり、彼女が落ち込んでいたある日のこと

ボクは彼女を喜ばせようと、こんなことを言った。



「昨日の晩、未来のボクと話をしたんだけど

未来では君は、”大塚愛”という名前で

とても有名な歌手になって活躍してるみたいだよ。」

彼女は、その時、喜んでくれた。と思う。



そしてのちに彼女は、ボクの言ったことを

本当に叶えてしまったのだ。




そう。今まで秘密にしていたが実は彼女は、

今は、大塚愛という名前で歌手をしている。




ただ、この時、ボクの思いついた名前がよくなかった。

”大塚愛”というのは当時、活躍していた

AV女優の名前だったのだ。


いい名前だと思って使ったのだが、

やっぱり、マズかったな。




そんな彼女とは、進学先が異なったので、全く

会わなくなってしまった。






高校生のボクは部活に打ち込んだ。

高校では柔道部で体を鍛えていた。

勉強はできなかったが、

部活動はとても充実していた。



だが、たまに部活をサボって、

クラスの仲間とトランプで遊んだりした。



トランプの大富豪というゲームを友達と一緒に

考え出して、夢中になって遊んでいたのだ。


ここで、え!?あの大富豪を考えた人が

いしかわ ゆきひろ なの!?と驚く人もいるだろう。

実際は、私と池本君という友人と二人で考えた。

池本君とは名簿の番号がとなりどうしで

席がすぐ近くだったため仲がよかった。



当時は、大富豪が、まさかこれほどまで

メジャーなゲームになるとは思わなかった。



考案当初は、現在よりも

シンプルなルールで遊んでいた。

今ある変則ルールのほとんどは

全然、知らない人が知らないうちに

勝手に加えていって、それが広まっていったものである。




しかし、部活をさぼって大富豪をしていたので

バチがあたったのか、練習中に腰を傷めてしまい、

柔道ができなくなってしまったのであった。




高校に入ってからは、女の子を意識しすぎて

気になるコがいても、

まともに話す事もできなくなっていた。


勉強ができなくなって成績が落ち込んだ。


家に帰ると、スーファミの

ドラゴンクエストV を夢中で遊んだ。

ドラゴンクエストV では、主人公が結婚するイベントがある。


高校生のボクに結婚の意味などわからなかった。

ただ、なんとなく、好きな人とは、結婚するもんだ。

と、思っていた。




そして、高校2年のある日。



授業が終わり、帰りの学級会が終わって、

クラスのみんなは、帰って行く。



その日は何となく、家に帰りたくなかったボクは、

教室に残っていた。



すると、教室にはボクとMさんだけが残った。

ここでのMさんは大塚愛さんではない。

Mさんとは高校2年生ではじめて一緒のクラスになった。

とボクは思っていたのだが……。


ボクはクラスの中でもMさんが1番かわいいと

ひそかに思っていて、気になっていた人だった。


なんとなく声をかけてみた。


何を話したのかは、あまり憶えていないが


進路のことや、テストのことなんかを話したと思う。


ふと、会話が途切れて、ボクは話題を変えた。


「Mさんって好きな歌とか何かある?」

「別にないなぁ、石川君は?何か好きな歌ある?」


「愛は勝つかなぁ、今、流行ってるじゃん」

「知らない、どんな歌?」


「かーなーらーずぅ、最後に愛は勝つぅー♪

って知らない?」

「知らない。」


そういってMさんは笑った。



教室に西日が差してボクたちはオレンジにつつまれていた。



ボクたちの高校では、3年生は受験があるので

修学旅行は2年生で行くことになっていた。


修学旅行は広島へ行った。




その夜に宿泊施設の近くの海岸で

先生たちが打ち上げ花火をして

生徒たちに見せてくれることになっていた。



ボクは集合時間より20分も早く海岸へ向かった。



海岸にはMさんが先にいて一人で座っていた。


まだ時間が早かったので、ボクとMさんの二人きりだった。


Mさんに近づいていくと地面に何か文字が書いてある。


ボクは、

「何て書いてあるの?」

と、ききながら近づいていったのだが

Mさんは何も言わず、その文字をかき消してしまった。


何か怒ってるのかな?と思ったが、

Mさんが、

「ねえ、その時計見せて?」

と頼んできたので

ボクは腕から時計を外してMさんにわたした。


Mさんは時計を熱心に裏返したり、

正面にしたりして、ながめていた。


やがて、他の生徒たちが集まってきた。

Mさんは時計を返してくれた。



その夜の花火はとても、きれいだった。

ボクはMさんに話しかけたが、

花火の音がうるさくて、きこえていなかっただろう。




学年が3年生に上がると、Mさんとは

クラスが別々になり、全く話さなくなった。


ボクは男子しかいないクラスになり、

浮いた話も全くなかった。




そのまま高校を卒業してしまうのだが、

Mさんとは、これで終わりではなかった。

その話はかなり後のほうになる。




大学受験、三重大学の生物資源学部を受験した。

試験の日、雪がちらつく寒さで風が強かった。

三重大学はキャンパスのすぐ近くに海があった。


4月から住む下宿を訪ねた。


親切でやさしかった、

下宿先の大家さんのおばあさんの前で、母はした。


子供の頃から、そんな母が心の重荷だった。


大学がはじまり、新しい友達も増えた。


人形劇のサークルに入った。


そのなかで好きなコもできた。


毎日が充実していた。



しかし、その頃から、突然なんだか、頭が、ぼーっとしてきた。


一日中、頭の脳みそに膜が張っているような感じがして

気持ち悪い感覚が続くようになった。


あまり眠れなくなり、大学の授業も休みがちになった。



大学の定期試験がはじまった日に、

なんと突然、発狂し、大事にしていた本を燃やし、

なにもかも放り出して、下宿を飛び出し、

気づいたら、電車に乗っていた。


記憶がとぎれとぎれになり、なんとか実家にたどりついた。


両親は、ボクを見て、おかしいと感じたのだろう。




次の日、近くの総合病院の心療内科へ、ボクを連れて行った。


するとすぐに、市内の精神科のある専門の病院を紹介された。


専門医である院長の診察を受けて、すぐに入院が決まった。




19歳で発病が確定した。


病名は、これからの入院生活で医師が様子をみて決める。


その時のボクは、まともに話す事もできなくなっていた。



入院してすぐに、腰のベルトを取り上げられた。

自殺防止と、凶器になるからだ。





入院して最初に入った病室は

隔離病棟の個室だった。


個室といっても、金持ちが入るような病室じゃない。


そこは、患者たちの間では”独房””と呼ばれていた。



六畳ほどの広さに、布団だけが敷いてあり

隅っこに便器がついている、

まるで檻のような部屋だ。

檻と同じで外側からしか開け閉めができず

必ず鍵が必要である。


自殺や他人を傷つける恐れのある患者などが

主に入れられることになっている。


食事も檻のように小さな窓から差し入れる

ようになっていたが、

それでは、まるで囚人のようだというので

途中から、看護師がわざわざ扉をあけて

運んでくれるようになった。



独房では、食事にハシは使えない。


患者にハシを渡すと武器にもなるし

自殺する道具にもなるからだ。

ようするにベルトと同じで禁止だ。


だから、食事は、壊れやすい、

プラスチックのスプーンでしか、食べられなかった。


給食でプリンやアイスクリームを食べるときに

使うようなやつだと思ってくれればいい。

あれを、もう少し大きくしたような感じだ。




病院の食事は、くそまずかった。




その当時のボクは、

本当に気がふれていたので

独房の中でした自分のくそを

口に入れてしまったことがあった。


味は、食った人ならわかるが、くそ苦かった。




食後の薬は拒否しても、無理矢理、飲まされた。


最初のうちは、薬がボクにあわず、気分が悪くなったりした。



自殺や、他人を傷つける恐れがなくなったと

医師が判断したのだろう、

ボクは、しばらくして一般病棟に移された。


一般病棟では、食事にハシが使えた。



しかし一般病棟といっても隔離には、違いはなく

そのフロアからは一歩も出られないようになっていた。


外への出入り口は常に鍵がかかっている。


看護師などのスタッフは、全員がカギを持っていて

いちいち開け閉めして、出入りする。


看護師は、カギの開け閉めが、異常に速かった。


カギを操作しているときは、

患者に背を向けることになり、

患者に襲われたら危険だからだ。


だから、危険そうな患者が近くにいる時は

カギの開け閉めは、絶対しなかった。




周りの入院患者は、暴れたりする人や

異常に元気な人以外は、

どの人も生気がなく、精神を病んでいた。

全く、笑わない人もけっこう多かった。



精神病院なのだから、それが当たり前だ。




ボクはココロを閉ざした。



薬のせいか、病気のせいか、気分が停滞した。



女性患者のなかには、きれいなコもいたが、


やはり、心が病んでいた。


病院内でつきあってる男女もいたが、

ボクは入院中の女のコは、

なかなか好きになれなかった。




脱走と転落防止のため、

5㎝くらいしか開かない窓から、

外をのぞくと、満月が出ていた。


許可が下りなければ病院の外へは出られない。



ボクはここで2年を過ごした。



若さのせいか、薬の調整がうまくいったのか、

じょじょに気分が上向いてきた。



食欲が出てきて、病院食も残さず食べた。


そのころには患者たちの

飯がまずい、どうにかしろという要求に

答えてくれたのだろう。

病院食の味もかなり改善されて美味しくなっていた。



やがて主治医の女医は、退院をすすめてきたが、

休学中の大学を、自主退学するのが退院の条件だった。


はっきりとは言わないが、一人暮らしで大学へ通うなんて

今のボクには、無理だということだったのだ。




病気のせいでボクの人生は一転した。



もう、まともな人生は歩めないと、うすうす感じた。




退院後も病院の施設の

ディケアセンターというところに通うことになった。



精神病患者の社会復帰を目指す施設ということだった。



退院後も、週1回の診察があり、薬は飲み続ける。

というのが、先生との約束というか決まりごとだった。




この頃のボクは、健常者が、とてもうらやましかった。



精神病歴のあるボクは、

バイトの面接に行っても、まともに取り合ってもらえない。



「そういった病気があるなら、就職は難しいと思います。」


と、面接中に言われたこともあった。



どうして、このボクが。と何回も思った。




バイトですら、なかなか決まらないボクは、

もう、まともに恋愛なんて、できないだろうと思った。

だが、それは間違いだったと後に気づく。



ディケアセンターの職員には、

精神保健福祉士や看護師、作業療法士、精神科医などがいた。




若い女性の職員もいた。


何年も通ううちに、

ある女性職員の人を好きになった。



どう考えても、無理なことだとわかっていた。


彼女にとっては、ボクの好意なんて迷惑なだけだ。


でも我慢できなくて、好きだと言ってしまった。



もちろん、職員と患者だからということで

ボクの気持ちは受け入れられなかった。



ただ、好きだと言えたことで、後悔はしないですんだ。




そして時が過ぎ、やがて

新人の女性が職員として入ってきた。



その人に特別な感情は、わかなかったが

どちらかというと、好きだった。


関西出身の人で、少しおちゃらけていて

話していて、とても楽しい人だった。




ある日、作業室で、偶然なのか、

その人と、二人っきりになった。



作業が終わってボクがイスに座って

一息ついていると、

突然、後ろから抱きつかれた。


「な、なに?!」


「愛してるって言って。じゃないと放さない。」


「あ、愛してるっ」


「そんなんじゃだめ、心をこめて」



ボクは後ろにいる彼女の顔を思い浮かべながら言った。


「愛してる」


すると彼女は、ボクを解放した。



「な、なんだよ。突然。」

ボクは動揺して作業室を出て行った。


彼女は、その後、何もなかったかのようにしていた。



ボクは悪い気はしなかったが、

職員と患者の関係があるので、

ボクからは何もしなかった。


その人とは、友達のような感じで接していた。



ある日、その女性職員が、

いつものように冗談を言ってきた。



「ねえ、もし私が歌手になるとしたら

どんな名前がいいか考えてみて。」


ボクは、ふざけて

「あやかが、いいんじゃない。」

と言った。

あやかというのは、彼女と一緒に働いていた

もうひとりの女性職員の名前だった。



「あやか、おもしろいね。漢字は……。」

「漢字は、別の字をあてて。」

「そっか、ありがとう。」



そう。信じてもらえないかもしれないが、

彼女はその漢字に”絢香”という字をあてたのだ。



そして、彼女は本当に歌手になると宣言して、

ディケアセンターを去っていったのだった。




いろいろあったが、

ディケアセンターに通う月日が過ぎ、

病状が安定し、ボクはアルバイトを探していた。



ディケアセンターの人たちとのふれあいのなかで、

たとえ健常者でも、人生のなかには、なにがしかの壁の

ようなものがあって、みんな、必死にもがいているんだ。

ということに気づいた。



バイトの面接では、病気のことは、なるべくばれないようにした。


すると、間もなく面接に受かった。


ただのバイトでも社会へ出て行くのが怖かった。


ボクは薬を飲まなければ、まともに話す事もできない。


逆に、薬さえ飲んでいれば、健常者と、あまりかわらない。とも言える。



釣具店で1年程、勤めた。


バイト2件目のスーパーマーケットでは、病気のことを訊かれたが、

計算問題のようなものをやらされて、合格した。


店長と、副店長だけがボクの病気のことを知っていた。



毎日、野菜を袋に詰め込んだ。


精肉機を分解して洗った。


魚のアラや骨、頭や尻尾の部分をゴミ袋に詰め込んだ。


スーパーの裏方は半年くらい続いた。



そこを辞めると、今度は

ディケアセンターの職員のすすめもあり、

ガソリンスタンドの面接を受けてみた。




ガソリンスタンドの仕事はきつかった。


30そこそこのボクは給油に接客、窓拭きに洗車、灯油販売など

次々に仕事をおぼえていった。



自動車のエンジンルームやワイパー、テールランプなど

の仕組みも勉強した。



店長にいわれて、ガソリンや灯油を扱うのに必要な

乙種第4類危険物免許の取得を目指して勉強した。




しかし、1件目のガソリンスタンドは、

半年ほどでつぶれてしまった。



それでも、乙4免許を取得したボクは、

すぐ次のスタンドにバイトで雇ってもらえたのだった。



そのころ、ディケアセンターで知り合った女の子と

ドライブしたりもした。



バイトで貯めた金で中古の軽自動車を買ったのだ。


そのころから、人生が上向いてきたような気がしていた。



ガソリンスタンドの仕事仲間は、良い人たちだった。


みんなで遊園地に遊びに行ったり、夏は海にも行った。



食後の薬は、みんなから隠れて飲んでいた。



そんなある日、仕事仲間から合コンに誘われた。


酒は飲んではいけないと、医者から言われていた。



だが、断りきれずに合コンへ行った。



居酒屋で3時間くらい食事と酒を楽しんだ。



ボクは何歳くらいに見える?という質問に

女のコは15~35の間、と答えた。


15歳の中学生にも見えるし、

35歳のおっさんにも見えるということだった。




その後、みんなで花火をした。



夏の通り雨が、ボク達の頭や頬、体を軽く濡らした。




そのまま、鞍ヶ池公園の展望台から朝日を見よう。

ということになった。



展望台の暗闇で、女のコの一人がボクに手を差し出した。



ボクは、中学時代の、あのことを思い出し、

何故だか怖くなって、その手を握れなかった。



また、女のコを悲しませてしまった。



朝日が昇ると、女のコの顔は

なにごともなかったかのようにみえた。

が、やはり落ち込んでいたようだった。


結局、そのコとは何もなかった。





ボクは仕事に打ち込んだ。




ある日、東京で就職していた妹が

結婚したいと両親に電話してきた。



家族と、妹の彼氏との食事会を開いた。



妹の彼氏は実直な人だと感じた。



彼は、ボクの病気のことを知っていた。


ボクが妹の重荷になっていると気づいた。





結婚式は無事に終わった。





その頃のボクはオンラインゲーム、

FAINAL FANTASY XI に夢中だった。



仕事から帰ったあとや、休みの日に、

オンラインの友達と冒険した。



そこでは、自分の病気のことをあまり考えなくてよかった。


赤魔道士のユッキーは、どんどん魔法を憶えた。



オンラインで知り合いが増えたが、

みんなハンドルネームで呼び合うので


本名や、顔も知らない、男か女かも、わからない仲間だった。


FINAL FANTASY XI を遊ぶ人のために

プレイオンラインチャット というものがあった。



ボクはそのチャットで

「五㊨衛門風呂」

というチャットルームをつくり、

いろいろな人たちとパソコンで会話していた。



ボクはそのチャットのプロフィールに

”毒入りチェリー”というアバター画面を選んでいた。




そのチャットルームの常連の一人に

komati というハンドルネームの女のコがいた。


ずいぶんと、かわいらしい発言をするので、

ボクはてっきり、中学生か高校生だと思っていた。




ある時、komati とボクと ミサキ という女のコの

3人がチャットルームで一緒になった。


その3人は、仲が良かったので、

お互いの顔写真を交換しようじゃないかということになった。


そこで見た ミサキ はまだ、少女だったが、かわいかった。


komati は大人の女性で、なかなかの美人だった。




写真の画像は、見たらすぐ削除するという約束だったので

ボクは1分ほどながめてからそれを削除した。



だから、ボクは、この時は気づかなかったんだ。

ある重大なことに。


ふと、窓の外をみると、夜に三日月が出ていた。






そんな、ある日だった。


komati に告白されたのは。


ただ、ボクは、顔を見たとはいえ、

小さな画像で1枚きりだったし、

チャットで仲がいいといっても、

声もきいたこともない女性に、恋愛感情はわかなかった。



だから、ボクの好きな人は、

”大塚愛”だと、komati に言ってしまったのだ。

それは本当のことだったから。



それでも、その後も、

komati はチャットルームに来てくれていた。



ある時、komati が突然、こんなことを言い出した。


「私、歌手としてデビューすることが決まったんだけど、

名前を考えてくれないかな?」

「え、そうなんだ。」



ボクは少し考えて、


「じゃあ、”YUI”なんてどうかな。

俺の本名の ゆきひろ いしかわ の 頭文字をとって ”ゆい"

あと、みんなと絆を 結ぶという意味と、

Bigな歌手になれるように、全部大文字で ”YUI" 」


「”YUI"だね。ありがとう。」



そう。なんとボクが名前をつけた歌姫は、

これで、3人目だ。

とてもじゃないけど、こんな話、信じてもらえないよな。




やがて、komati は歌手としての仕事がいそがしくなり

チャットルームにも、顔をほとんど見せなくなった。




ボクは、そのうち FINAL FANTASY XI をやめてしまい、

パソコンを替えたら、チャットにもいけなくなってしまった。





ボクが名前をつけたということもあり、

大塚愛、絢香、YUI の3人は、特に注目して

聴いているアーティストだった。



しかし、YUI の曲を聴いていると、不思議なことに気がついた。


YUI が、ボクと高校時代のMさんとの

思い出を曲の歌詞にしているのだ。



まさか、ただの偶然だろな、と思いながら

YUI の写真を見るとMさんの面影がある。



そこで YUI の写真の髪型を黒髪のボブにして

まゆ毛を少し、太くしてみたら、

それは、まさしく高校時代のMさんだった。



ボクは、今まで気づかなかった

自分のにぶさに愕然とした。



しかも、大塚愛が好きだ、

なんて言ってしまったことを

激しく後悔したのだが、もう遅かった。



そのことがあって、YUI は前にもまして

注目するアーティストになっていた。




ある時、YUI がテレビで歌っているときに、

彼女の少女時代の写真が、後ろに大きく

映し出されたことがあった。



それは、小学校時代に1週間で転校していったMさんだった。


今まで、完全に忘れていた思い出が

突然、頭の中に、よみがえった。



ボクとYUI とは幼なじみだったのだ。


わずか1週間ほどの間だったが

少年時代を一緒に過ごしていたのだ。





やがて、YUI は yui と名前を変え、

FLOWERFLOWER というバンド活動をはじめて

テレビには、ほとんど出演しなくなった。



そして、yui が結婚したということを最近知ったのだった。









以上が、ボクの体験した3人の歌姫たちとの

恋愛のようなものなのだが、

この話、果たして、どれだけの人が信じてくれるのだろうか。



今宵も月は、ボクの頭上を明るく照らしてくれるだろう。

西洋では月の光は、狂気を象徴するものだという。




ボクの頭が今も狂っているのでなければ、

この話は全部、本当の話である。








THE END



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