FC2ブログ

子供の頃を思い出して

はじめて家にステレオが置かれたのが



多分、小学校の低学年の頃でした。




その頃は、まだレコードが大半をしめていたので、



先見の明のない父は、CDプレーヤーかレコードデッキかで


迷わずレコードデッキを選びました。




はじめて聴いたレコードがステレオのオマケでもらった



「うる星やつら」のサントラでした。






その後、はじめて買ったレコードが「ウィングマン」の


テーマソングのシングル盤でした。




妹が、当時、大人気だった「チェッカーズ」のレコードを


いっぱい買って聴いていたようです。




若い人のために言っておきますと、レコードと言うのは



CDが普及する前に、音楽の供給源をカセットテープと二分


していた音源で、黒い円盤にある溝を針でなぞって音を


拾って鳴らしていたものです。



丁寧に扱わないと、CDよりも割れやすいです。






小学生の頃は、家での楽しみは、もっぱら



テレビを見ることで、好きだったテレビ番組は


「8時だよ、全員集合!!」、「欽ドン」、


「笑点」などのお笑い番組、


「世界まるごとHOW MUCH?」、「なる・ほど・ザ・ワールド」、


「ぴったしカンカン」、「クイズダービー」などの


クイズ番組を見ていました。




アニメでは「うる星やつら」、「銀河鉄道999」、


「スペースコブラ」、「ハイジ」、「母をたずねて三千里」、


「ペリーヌ物語」、「南の島のフローネ」など


が、すぐに思い出せました。




今、見るなら「うる星やつら」と「スペースコブラ」が特にお薦めかな。




最近はわりと大人向けのアニメを深夜にやってるみたいですが、



録画する機械がないので、見れません。




地デジにしたら、トルネでも買おうかなと思ってます。




そういえば、二大携帯ゲーム機の新製品が出ますね。





PSPの後継機、NGP(NEXT GENERATION PORTABLE)は、携帯電話


回線を使用することができ、ネットワークゲームや携帯電話の


機能に期待が持てます。


ホントに付けちゃいましたね。携帯電話機能。




DSの後継機は3DS、画面が3Dで映像が飛び出してみえると


いうものです。


他にも、通信機能を強化していて、任天堂が独自の番組を



配信して、自宅や出先で受信できるようです。




僕は携帯電話を持っていないので、携帯電話としても使えるなら


いいなと思います。NGP。



でも、目新しいのは3DSの方でしょうか。


メガネなしで立体映像が見れるのですが、見てみたいです。




3DSは2万5千円程度だそうです。


NGPは価格は発表されていませんが、高くなりそうな気がします。





二つとも子供の頃の自分にプレゼントしてあげたいなぁ。

Too much LoVely Memories that Moon saw in silence. 「竹取恋愛物語自叙伝」

さあさあ、いまから



ボクのことを話そうか。







「竹取恋愛物語自叙伝」

            作:いしかわ ゆきひろ







幼稚園のお泊り会。



おねしょの心配があったボクは


みんなが寝てから、トイレに行った。



ふと、窓の外を見ると



月が出ている。



満月だな。と思った。


幼稚園児のボクは、それ以上の感慨は特になかった。









竹取の翁が見つけた光る竹。



そのなかから出てきたかぐや姫。




かぐや姫は、みるみる成長し、



美しい娘に成人した。





かぐや姫は、あまりの美しさに求婚してくる男性が殺到した。



なかでも熱心な5人の求婚者がいた。




かぐや姫は彼らに、それぞれ、



仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の裘、龍の首の珠、



燕の産んだ子安貝を持ってくるように言った。





5人の若者はみな失敗した。





かぐや姫の評判は、帝のもとにまでおよび、



帝がお忍びで、かぐや姫を訪ねた。





帝は、かぐや姫を美しく思い、連れていこうとしたが



かぐや姫は、光になり、連れていくことができない。




帝は、あきらめて京へもどった。




そのうち、かぐや姫は、月を見て泣くようになり、



翁がわけを訊くと、



自分は月の都の人であり、八月の十五夜に



月へ帰らねばならない。と言う。





帝は軍勢を引き連れて、月の民を追い返そうとしたが



まるで力がはいらず、矢も全て外れた。





かぐや姫は、帝に思いを残しつつも月へ帰っていった。













ボクは、トイレからもどると、



布団にもぐりこんだ。




次の日の朝。





おねしょは大丈夫だった。



少し、ほっとした。






みんなで食べる、朝ご飯は



豆ご飯と味噌汁に納豆、玉子焼き。



隣の女の子が、玉子焼きを一切れくれた。



ボクはそのコの名前も




”ありがとう”という言葉も





まだ知らなかった。



幼稚園のころ、ボクはまだ、何も知らなかった。





でも、まわりはみんな、やさしかった。





満月はボクを見守ってくれてたのだろう。







やさしさと満月は、なんだか重なる。



そんな気がしていた、子供のころのボク。











大人になったボクに




いつか帰る場所があるなら、




それは月ではなくて………、どこなのだろう?










テーマソング

大塚愛 LOVE LETTER より 「愛」












答えがみつかるのは、まだまだ先だ。











ある日。


小さな女の子と、その父親が訪ねてきた。



どこから来たのか、どういう知り合いなのか、


子供のボクには、わからなかった。








ボクのお父さんが言うには、”いいなづけ”なんだそうだ。


仲良くせなアカンでぇ。と関西訛りで言う。




その女の子と、女の子のお父さんとボクで




近所を散歩して歩いた。






ある家のポストに花束が挿してあった。



母の日のカーネーションだった。





ボクはそこから一本、拝借して女の子にわたした。






すると、女の子は反対側の家の岩垣を指差した。



そこに、小さなアマガエルがすわっていた。





ボクはアマガエルをつかまえて、



女の子の手のひらにのせてあげた。







女の子の手のひらからカエルはぴょんぴょんと



跳ねて、地面へ逃げる。





ボクはそれをつかまえて、もう一度、彼女の



手のひらにのせる。






また、カエルは手のひらから逃げていく。




三度目で気づいた。



「カエルいらないの?」




女の子は小さくうなずいた。





女の子のお父さんは、


「写真撮るから並びぃ。」


と、カメラを構えた。





二人で並んで写真を撮った。









昼間の白い上弦の月がボク達を見下ろしていた。








その女の子と、そのコの父親はそれきりで、



もう二度とウチへ訪ねては来なかった。






母に訊いても、知らないというばかりで



父が他界した今となっては、



本当に、いいなづけだったのかどうか、わからない。












小学校に入るとボクは背の順で、いつも前の方に並ばされた。




ようするに、小さかったのだ。





学校での一番の楽しみは、給食だった。






ある日の図画工作の授業で、空を描くように、




という課題があった。





校庭に出て、サクラの樹も空の絵の中におさめた。




ボクの生涯のなかでも1,2をあらそう傑作ができた。




その絵は、先生に提出したきり返ってこない。






もう一度、あの絵が見たい。と、今でも思う。








やがて、何回かのサクラの季節を迎え、




ボクは中学生になった。






中学生になってからも、ボクは背の順では、


前から3番目以内に入っていた。





中学生になって、女の子を異性として意識するようになり、




えっちなマンガや雑誌に興味がわいた。






その一方で、普段はクラスの女の子と普通に話したりしていた。




気になる女の子も何人かいた。





ある日、一番仲の良かった、となりの席の女の子が



「アタシ、あんたのこと好きなんだけど、あんたはどう?」



と言ってきた。



その時は、わからなかったが、ものすごく勇気のいる発言だ。





その時のボクは素直に、



「うーん。ボクも好きだと思うよ。」



と返事をした。






今、思えば、その時からボクたちは両思いが確定したのだった。








でも、恋愛のことなど、なにもわからなかったボクは、



そのコとも、まだ、友達気分のままだった。







女の子はボクと手をつなぎたいと言った。




ボクは恥ずかしくて、拒否した。





彼女はボクの手を無理矢理握って、離そうとしなかった。






ボクは、思わず、やめろ!と叫んでしまった。





その時、手を離した彼女の気持ちが、今ならわかる。



でも、当時のボクには、わからなかった。






そのことがあってから、2,3日して



彼女は、めげずに、もう一度、手をつなぎたいと言ってきた。




今度は、手をつないでボクのポケットに手をいれたいと言った。




ボクは、しぶしぶOKした。





ボクのポケットのなかで二人は手をつないでいた。



なんだか、やさしい気持ちがした。





彼女は、今度は私のポケットに手を入れて、と言ってきた。





女の子のスカートのポケットに手を入れるなんてことは、



恥ずかしくてできなかった。





それでも、彼女はボクの手をとって、ポケットにもっていった。




ボクはまた拒否した。








彼女は何故、そんなことを要求したのか?




今にして思えば、もしかしての話だが、




彼女のポケットの中に、なにか入っていたのではないか?



と、今になって推測する。



ボクへの手紙、ラブレターでもポケットに入れていて、


ボクへわたしたかったのかもしれない。と今になって思う。



そんな彼女の望みはかなわなかった。









恋におくびょうなボクは、彼女を傷つけてしまうばかりだった。








そんな彼女とは、進学先が異なったので、全く



会わなくなってしまった。






高校生のボクは部活に打ち込んだ。






たまに部活をサボって、クラスの仲間とトランプで



遊んだりした。



トランプの大富豪というゲームを友達と一緒に



考え出して、夢中になって遊んでいた。







部活動は柔道部だった。




高校に入ってからは、女の子を意識しすぎて



気になるコがいても、



まともに話す事もできなくなっていた。








勉強ができなくなって成績が落ち込んだ。






家に帰ると、スーファミの



ドラゴンクエストV を夢中で遊んだ。







ドラゴンクエストV では、主人公が結婚するイベントがある。




高校生のボクに結婚の意味などわからなかった。


ただ、なんとなく、好きな人とは、結婚するもんだ。


と、思っていた。




そんなある日。




高校の授業が終わり、





帰りの学級会が終わって、




クラスのみんなは、帰って行く。





その日は何となく、家に帰りたくなかったボクは、



教室に残っていた。




すると、教室にはボクとMさんだけが残った。




ボクはクラスの中でもMさんが1番かわいいと




思っていて、気になっていた人だった。



なんとなく声をかけてみた。



何を話したのかは、あまり憶えていないが




進路のことや、テストのことなんかを話したと思う。



ふと、話が途切れて、ボクは話題を変えた。




「Mさんって好きな歌とか何かある?」




「別にないなぁ、石川君は?何か好きな歌ある?」



「愛は勝つかなぁ、今、流行ってるじゃん」




「知らない、どんな歌?」





「かーなーらーずぅ、最後に愛は勝つぅー




って知らない?」



「知らない。」



そういってMさんは笑った。




教室に西日が差してボクたちはオレンジにつつまれていた。









学年が上がると、Mさんとは



クラスが別々になり、全く話さなくなった。



ボクは男子しかいないクラスになり、



浮いた話も全くなかった。





大学受験、三重大学の生物資源学部を受験した。



試験の日、雪がちらつく寒さで風が強かった。






三重大学はキャンパスのすぐ近くに海があった。






4月から住む下宿を訪ねた。





親切でやさしかった、




下宿先の大家さんのおばあさんの前で、母は涙した。



子供の頃から、そんな母が心の重荷だった。







大学がはじまり、新しい友達も増えた。



人形劇のサークルに入った。



そのなかで好きなコもできた。




毎日が充実していた。






その頃から、なんだか、頭が、ぼーっとしてきた。



あまり眠れなくなり、



大学の定期試験がはじまった日に、突然、


なにもかも放り出して、下宿を飛び出し、



気づいたら、電車に乗っていた。






記憶がとぎれとぎれになり、なんとか実家にたどりついた。







両親は、ボクを見て、おかしいと感じたのだろう。



次の日、近くの総合病院の心療内科へ、ボクを連れて行った。





すぐに、市内の精神科のある専門の病院を紹介された。








専門医である院長の診察を受けて、すぐに入院が決まった。



19歳で発病が確定した。



病名は、これからの入院生活で医師が様子をみて決める。






その時のボクは、まともに話す事もできなくなっていた。




入院してすぐに、腰のベルトを取り上げられた。



自殺防止と、兇器になるからだ。





病院の食事はマズかった。



食後の薬を拒否しても、無理矢理、飲まされた。




最初のうちは、薬がボクにあわず、気分が悪くなったりした。





周りの入院患者は、どの人も生気がなく、精神を病んでいた。


精神病院なのだから、それが当たり前だ。




ボクはココロを閉ざした。



薬のせいか、病気のせいか、気分が停滞した。





女性患者のなかには、きれいなコもいたが、



やはり、心が病んでいた。



そんなコに魅力を感じるわけがなかった。





転落防止のため、5㎝くらいしか開かない窓から、



外をのぞくと、満月が出ていた。



許可が下りなければ病院の外へは出れない。









ボクはここで2年を過ごした。




若さのせいか、薬の調整がうまくいったのか、



じょじょに気分が上向いてきた。




食欲が出てきて、病院食も残さず食べた。





主治医の女医は、退院をすすめてきたが、


休学中の大学を、自主退学するのが退院の条件だった。


はっきりとは言わないが、一人暮らしで大学へ通うなんて


今のボクには、無理だということだったのだ。






病気のせいでボクの人生は一転した。



もう、まともな人生は歩めないと、うすうす感じた。



退院後も病院の施設のディケアセンターというところに通った。




精神病患者の社会復帰を目指すということだった。





退院後も、週1回の診察があり、薬は飲み続ける。



というのが、先生との約束というか決まりごとだった。






この頃のボクは、健常者が、とてもうらやましかった。



精神病歴のあるボクは、



バイトの面接に行っても、まともに取り合ってくれない。


「そういった病気があるなら、就職は難しいと思います。」


と、面接中に言われたこともあった。





どうして、このボクが。と何回も思った。



バイトですら、なかなか決まらないボクは、


もう、まともに恋なんて、できないだろうと思った。





ディケアセンターの職員には、



精神保健福祉士や看護師、作業療法士、精神科医などがいた。




若い女性の職員もいた。



何年も通ううちに、



ある女性職員の人を好きになった。



どう考えても、無理なことだとわかっていた。




彼女にとっては、ボクの好意なんて迷惑なだけだ。



でも我慢できなくて、好きだと言ってしまった。



もちろん、職員と患者だからということで



ボクの気持ちは受け入れられなかった。




ただ、好きだと言えたことで、後悔はしないですんだ。









そして時が過ぎ、やがて



新人の女性が職員として入ってきた。



その人に特別な感情は、わかなかったが



どちらかというと、嫌いではなかった。





ある日、作業室で、偶然なのか、



その人と、二人っきりになった。



作業が終わってボクがイスに座って




一息ついていると、




突然、後ろから抱きつかれた。



「な、なに?!」




「愛してるって言って。じゃないと放さない。」



「あ、愛してるっ」




「そんなんじゃだめ、心をこめて」




「愛してる」




彼女は、ボクを解放した。




「な、なんだよ。突然。」



ボクは動揺して作業室を出て行った。




彼女は、その後、何もなかったかのようにしていた。



ボクは悪い気はしなかったが、



職員と患者の関係があるので、



ボクからは何もしなかった。




その人とは、友達のような感じで接していた。




やがて、彼女は転職するということで、




ディケアセンターを去っていった。





ディケアセンターに通う月日が過ぎ、



病状が安定し、ボクはアルバイトを探していた。





ディケアセンターの人たちとのふれあいのなかで、


たとえ健常者でも、人生のなかには、なにがしかの壁の


ようなものがあって、みんな、必死にもがいているんだ。


ということに気づいた。




バイトの面接では、病気のことは、なるべくばれないようにした。



すると、間もなく面接に受かった。




ただのバイトでも社会へ出て行くのが怖かった。







ボクは薬を飲まなければ、まともに話す事もできない。



逆に、薬さえ飲んでいれば、健常者と、あまりかわらない。とも言える。




釣具店で1年程、勤めた。





バイト2件目のスーパーマーケットでは、病気のことを訊かれたが、



計算問題のようなものをやらされて、合格した。





店長と、副店長だけがボクの病気のことを知っていた。





毎日、野菜を袋に詰め込んだ。



精肉機を分解して洗った。



魚のアラや骨、頭や尻尾の部分をゴミ袋に詰め込んだ。





スーパーの裏方は半年くらい続いた。




そこを辞めると、今度は



ディケアセンターの職員のすすめもあり、




ガソリンスタンドの面接を受けてみた。






ガソリンスタンドの仕事はきつかった。





30そこそこのボクは給油に接客、窓拭きに洗車、灯油販売など




次々に仕事をおぼえていった。






自動車のエンジンルームやワイパー、テールランプなど




の仕組みも勉強した。





店長にいわれて、ガソリンや灯油を扱うのに必要な



乙種第4類危険物免許の取得を目指して勉強した。








1件目のガソリンスタンドは、半年ほどでつぶれてしまった。





でも、乙4免許を取得したボクは、すぐ次のスタンドに



バイトで雇ってもらえた。






そのころ、ディケアセンターで知り合った女の子と



ドライブしたりもした。




バイトで貯めた金で中古の軽自動車を買ったのだ。




そのころから、人生が上向いてきたような気がしていた。





東京で就職していた妹が結婚したいと両親に電話してきた。



家族と、妹の彼氏との食事会を開いた。




妹の彼氏は実直な人だと感じた。



彼は、ボクの病気のことを知っていた。



ボクが妹の重荷になっていると気づいた。






結婚式は無事に終わった。






その頃のボクはオンラインゲーム、



FAINAL FANTASY XI に夢中だった。





仕事から帰ったあとや、休みの日に、




オンラインの友達と冒険した。




そこでは、自分の病気のことをあまり考えなくてよかった。


赤魔道士のユッキーは、どんどん魔法を憶えた。





オンラインで知り合いが増えたが、



みんなハンドルネームで呼び合うので



本名や、顔も知らない、男か女かも、わからない仲間だった。




ある日、




そんな仲間の一人から告白されたのだった。



顔も本名も知らない相手では、実感がわかない。



写真を送ってもらったけれど、



顔がいまいちよくわからない。


が、かなりの美人だと思った。



彼女とは、チャットでよく話していた。


昼間はバイト、夜はPCでチャットや


ゲームという毎日だった。






ガソリンスタンドの仕事仲間は、良い人たちだった。



みんなで遊園地に遊びに行ったり、夏は海にも行った。




食後の薬は、みんなから隠れて飲んでいた。





仕事仲間から合コンに誘われた。



酒は飲んではいけないと、医者から言われていた。





断りきれずに合コンへ行った。







居酒屋で3時間くらい食事と酒を楽しんだ。




ボクは何歳くらいに見える?という質問に



女の子は15~35の間、と答えた。



15歳の中学生にも見えるし、



35歳のおっさんにも見えるということだった。





その後、みんなで花火をした。



夏の通り雨が、ボク達の頭や頬、体を軽く濡らした。







そのまま、鞍ヶ池公園の展望台から朝日を見よう。





ということになった。





展望台の暗闇で、女の子の一人がボクに手を差し出した。





ボクは、中学時代の、あのことを思い出し、


何故だか怖くなって、その手を握れなかった。





また、女の子を悲しませてしまった。





朝日が昇ると、女の子はなにごともなかったかのようにみえた。







結局、そのコとは何もなかった。







ボクは仕事に打ち込んだ。






そのガソリンスタンドで1年が過ぎた頃、



仕事のストレスもあり、病気がぶり返した。





バイトを辞めると同時に入院した。





再入院は別に珍しいことじゃなかった。



そういう病気だ。







入院して間もなく、ボクは気を失った。



薬の副作用なのか


高熱が出て、幻覚にうなされて、暴れたため、


ベッドに手足を縛られて、24時間態勢で監視された。







熱が下がり、気分が落ち着いてきたころ、



まだ、手足を縛られたままで、男性看護師に



電気髭剃り機を顔にあてられながら、



今年は何年ですか?と訊いた。




2007年だよ。と教えてくれた。






気分が落ち着き、病状が回復したボクは、


一般病室に移った。






病院生活での楽しみは、マズくても食事と、



CDプレーヤーで音楽を聴くことだった。





本を読むのは、調子の良いときだけだった。



なかなか、読書するだけの集中力さえ出なかったのだ。







今回の入院では、作業療法をすすめられた。



作業療法室で、レクレーションや、簡単な作業を


行うというものだった。




美人の女性が作業療法士だったので、


作業療法は、いい気晴らしになった。



そこで塗り絵をすすめられて、やってみると


上手だとほめられた。



調子にのったボクは、今度は絵を描きたい。と


作業療法士の女性の似顔絵を描いた。




自分でも少しビックリするくらいの出来栄えだった。





やっと、自分の出来ることが見つかったような気がした。



体調のいいときには絵を描くようになった。





そうしているうちに、




入院患者の女性と仲良くなった。




歳も近かった。





彼女は明るかった。他の患者と違って生き生きしていた。





でも、やはり、心に傷を負っていた。





退院してからも彼女と手紙のやり取りを続けていたが、



ある時、筆が止まってしまった。




十年以上通っていたディケアセンターも辞めることにした。







家にこもりがちにならないように、出歩いた。



居心地のいいカフェを見つけて月に何回か通った。





家でも体調が良い時は、絵を描いていた。




また、単調な毎日がはじまった。




ボクは日記をつけるようになっていた。







2010年3月29日。



春めいて、少し暖かかった午後。



父が仕事のクルマのなかで倒れて救急車で運ばれた。




ボクと母が病院についたときには、すでに事切れていた。




パジャマを売店で買ってきてください。と言われて、


買ってくると、病院の人が父のカラダをふいて着せてくれた。





父は口を、ぽかーんと開けたままだった。




霊安室で葬儀屋を紹介されて、家まで父の遺体を


運んでもらった。




その日の夜、


父のことを考えているわけではないのに、涙が出た。




そのまま、葬儀屋の指示にしたがって葬儀を終えた。


親戚一同の食事の席で食べた寿司が、どうしようもなく


マズかった。



おじさんやおばさんが色々と手伝ってくれた。




火葬を終えてツボに納まった父は、



今も仏前にひかえている。






妹夫婦には二人の娘ができていた。


上の娘は、おじいちゃんと遊んだことを


憶えているだろうが、下の娘は、おじいちゃんの


顔も、声も憶えていないだろう。



父が亡くなってから、もうすぐ1年が経とうとしている。






母は、元気がなくなり、すっかり老けた。





ボクは体調が悪いときは、一日中、布団のなか、


ということも珍しくない。




父の乗っていたクルマをボクが譲り受けて、



バイトで買ったボクの軽自動車は3万円で売れた。







ボクは今は、2週間に1回病院へ診察を受けに行き、



薬を受け取っている以外は、




特に何もない毎日を送っている。




この先の人生で、何があるかは、ボクには想像もつかない。








そんなボクを、月は、ただ何も言わず、見下ろしているばかりだ。












エンンディングテーマソング




大塚愛 LOVE LETTER より 「ポケット」
















あとがき




この話を読んで気分を害されたかたがいたら済みません。




でも、ここで吐き出すことで、何かが変わるんじゃないかと



思って書きました。








人生は楽しいことは、ほんの少しで、あとは自分の力では




どうにも出来ない、苦しい事がある。



というのが今のボクの人生観です。





人生に苦しみをあまり感じない人は、きっと、誰かに




守られている人です。







ボクは最愛の人の手を握ることが出来ただけでも




充分に幸せな人生を経験していると言えるでしょう。








ボクが冒頭で述べた、いつか帰る場所というのは、



今のボクにはありません。





竹取恋愛物語Lastの最後にあるように、



その、帰る場所というのは、他ならぬ最愛の人の



待つところだと思います。




暮らしがモノで満たされるほど、心は渇いていきます。




愛のためなら何億も払う、という人は実在していて、



何億円も愛情を買うために代償として差し出す人がいます。






ボクのポケットにはお金では買えない愛情を詰め込むことが



出来たんです。それは、とても幸せなことだと思います。





この先も出来るなら、



また、そういう体験をしてみたいです。




そして、いつか、かえる場所を見つけたいと思います。




ボクは、もう、おじさんとは言え、まだまだ若いですから。






2015年7月13日、大幅に加筆しました。



最近は、病院へ行くのも4週間に一回になりました。




あれから、歳もいくつも重ねたので、



恋愛はもう無理かなと思っています。が、


還暦すぎてから結婚する人もいるくらいですから、


これから何も無いとは言い切れないでしょうか。

カテゴリ

ブロマガ

紹介文:

ブロマガ記事一覧

購入したコンテンツは、期限なしに閲覧いただけます。

一部有料で閲覧できる ページを つくりました。 有料でみられる 絵画作品と 他に小説の短編です。 引き続き 無料で見られる ページも たくさんあります。

絵画作品

全記事表示リンク

絵画作品人気投票

ブログ人気記事

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
日記
9982位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
3709位
アクセスランキングを見る>>

訪問者数


現在の閲覧者数:

検索フォーム

ブログ記事内で使われている言葉を検索できます。 ”著作権”で検索すると絵画作品の載っているページが検索結果として表示されます。 ”絵”や”絵画”で検索するとそれ以外の絵の載っていないページがたくさん表示されて不便です。

最新記事

ぼくとみーこのプレステ生活 Part5 Nov 25, 2019
GOD Nov 15, 2019
ぼくとみーこのプレステ生活 Part4 Nov 15, 2019
目標を掲げること Oct 27, 2019
彼女の瞳をボクは知らない Part2 Oct 26, 2019

月別アーカイブ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード